モノが捨てられない時に試してみる思考の転換法

捨てられない時の思考の転換法 ライフスタイル

おひとり女子くるみです。

 

断捨離に目覚めてから5年。

コツコツ捨ててきて、今だに捨てるモノが出てくるところがすごいと言えばすごいのですが、やっぱり持ち物を見直すたびに45Lゴミ袋の山ができるということは、とんとなくなりました。

それでも、ここ最近は捨てるモノをノートにつけることによる効果と、捨てることに関する記事をブログに書くことによってモチベーションが維持されていて、少ないながらもコンスタントに持ち物を見なおして処分することができています。

 

でも、実は知っているのです。

まだまだ使っていないものが残っていることを。

その頻度が少なかったとしても、使い切る生活に移行中なので、使っているものならいいのです。

問題は、使っていないのに処分ができずに残っているモノですね。

 

まだまだモノへの執着が邪魔をして、処分しきるというレベルに到達できないでいます。

そんな時に、さらに一歩ずつでも前に進む為に、いくつかの思考転換をご紹介します。

考え方を変えてみたら、あっさり処分ができるようになるモノが、もしかしたらあるかもしれません。

 

 

いつか使う時がくるかもしれない

 

そのいつかは来ない、というのが片付け界の鉄則ですね。

前にこんな記事も書いています。

後悔するのが怖くて捨てられないアナタへ

 

その「いつか」が具体的なイメージとして持てているような場合で、しかもその「いつか」が実際問題として起こりそうだと思ってしまう時には、どうしても捨てづらいものです。

 

そんな時は、こんなふうに考え方を変えてみてはいかがでしょうか。

 

なくて少しは困ったとしても、私には乗り越えられる能力があるから大丈夫

 

いつか困った時の自分のために、手助けとなるアイテムを用意しておくって、過保護すぎるという考えかたです。

先のことを見通した賢い予防法と思いきや、何もできない自分を育ててしまうことになりかねません。

風邪を引いたら大変だからと、あらゆる菌を除菌して遠ざけてしまった結果、身体の抵抗が弱くなってしまい、どんどんウイルスに弱い身体になっていってしまうのと同じです。

 

人生はサバイバルです。

何かトラブルが起こったとしても、その時々で柔軟に対応していく経験を積んでこくことでこそ、未知の更なるトラブルにも対応する術を身に付けていける訳です。

何が起こるか分からない人生だからこそ、自分を甘やかせすぎては、結局自分の為にはならないのです。

 

何かが起こった時に、やり過ごす為の便利な道具がなかったらどうなるでしょうか。

たいていの人は、なければ無いで、あるモノを活用してどうにか乗り越えるものなのです。

乗り越えられなかったとしても、その経験を積むことで、今あるモノを工夫して使うというスキルを少しずつ身に付けていけるのです。

 

そして実際問題として、なければ無いでどうにかできるだけの能力が、人には備わっているものなのです。

自分を信じて、捨てましょう。

 

 

この方法で捨てられるモノ:便利グッズ、お役立ちツール

 

 

 

あれもこれも可愛くてお気に入りである

 

こんまりさんは、ときめかないモノは捨てろといいます。

でも、手にとってみたらどれも可愛くてときめいてしまうものばかり、なんてことないでしょうか。

 

そもそもは、何かが気に入って家に迎え入れたものなのです。

確かに、「何故こんなものを買ってしまったのだ」というモノも出てきます。

時には、「好みが変わってしまって、今はもうこういうのは好きではない」というモノだってあります。

 

でも、好きで買ったり集めたりして手元に置くことにしたモノなので、基本はどれもお気に入りではあるのです。

なくてはならないという程でなくても、かわいい子たちなのです。

純粋な目で見つめられたら(擬人化)、とても処分するなんてできません。

 

 

そんな時は、こんなふうに考え方を変えてみてはいかがでしょうか。

 

ダイヤの原石集めはやめて、これからは磨くことにしよう

そのためにも、烏合の衆より少数の精鋭たちを大切にしよう

 

 

あなたは、アイドルを育てる芸能事務所の敏腕マネージャーです。

どれもこれも、キラリと光るところのあるアイドルの卵かもしれません。

でも、自分のマネジメント能力を超えるほどの人数のアイドルを全員育て上げることはできません。

100人の研修生を抱えるより、よりスター性のある3人を選び出してあげるのです。

そして、大切に大切に育て上げて、(所有者である自分に)夢と希望を与える大スターへと導くのです。

 

100人の中に埋もれていては、3人の才能は開花できません。

選び出して、磨き上げてあげましょう。

 

97人のことを心配することはありません。

別の事務所のマネージャーが育ててくれる場合だってあります。

それに、現実的にも普通の女の子に戻ることを望む子は少なくありません。

おうちに帰してあげる気持ちでゴミ箱に入れましょう。

 

 

この方法で捨てられるモノ:服飾小物、飾り物、可愛い空ビンや空箱

 

 

自分の歴史の大切な1ページなのだ

 

まるで、それの存在が自分の一部を担っているかのように思ってしまうモノってあります。

それがなくなったら、自分の中のなにか大切な部分が壊れてしまうような。

そのモノにまつわるエピソードが印象的なあまり、それを処分してしまったら、そのエピソードまで消滅してしまうような恐怖を感じて、捨てられないモノってないでしょうか。

 

そんな時は、こんなふうに考え方を変えてみてはいかがでしょうか。

 

アイデンティティをモノに託すのはやめよう

わたしはわたし。わたしの軸は、わたしの中にこそ宿っている

 

 

何かモノを処分して、そのモノ以外の何かがなくなってしまうなんてことはありません。

単純に、そのモノが家から消えたというだけのことです。

そのモノにまつわる思い出も、感情も、何もなくならずに自分の中にありつづけます。

自分がそのモノに投影してしまっているだけで、実際はもともと自分の中にあるものだからです。

もしモノに何かが宿っているように思えたとしても、それは幻想です。

 

しかも、こういった系統のモノは、普段使うものではないので、家の片隅に追いやられがちです。

家からなくなったところで、処分の時にちょっとつらい思いをするだけで、その後は思い出しもしないことが大半です。

 

 

例えば、子供の時に描いた絵を捨てたからといって、自分の画力が今より下手になるわけではありません。

 

例えば、中学の時に優勝した作文コンクールの賞状を捨てても、読書が今より嫌いになることはありません。

 

例えば、高校の文化祭でクラスのみんなでつくったTシャツを捨てたからといって、文化祭が楽しかった事実は変わりません。

 

例えば、大学のサークルのみんなで遊んだイベントの写真を捨てたからといって、そのイベントを通して成長した自分が今の自分のルーツである事実は変わりはしません。

 

例えば、初恋の人にもらったCDを捨てたからといって、ヨリが戻るわけでもないし、初恋の人を今以上に好きになることも嫌いになることもありません。

 

例えば、子供が小さい時に着ていたお気に入りの服を捨てたからといって、目の前にいる娘や息子が元気で楽しそうに生きている現実は変わらないのです。

 

 

安心して、捨てましょう。

 

 

この方法で捨てられるモノ:思い出の品、記念品、いただきモノ

 

 

まとめ

 

かなり強引な論調も見受けられるので、つっこみどころもありますが、捨てられなかった何かが捨てられるのならそれでいいのです。

 

そうまでして捨てる必要があるのかと思うでしょうか。

そう思うのなら、捨てなければいいだけのことです。

問題は、捨てたいと思っているのに、なかなか捨てられないという場合です。

ほんの少し考え方を変えるだけで捨てられるかもしれないのなら、ほんの少し考え方を変えればいいですよね。

 

 

おひとり女子は、一番はじめの「自分は乗り越えられる」という考えかたで、昨日缶切りを捨てました。

缶切りはもともと2つ持っていて、1つを残しておいたものです。

缶切り兼栓抜き兼コルク抜というオーソドックスなヤツです。

 

2つも持っておいてなんですが、使った記憶がほとんどありません。

特に、缶切りと栓抜という用途として使った記憶は一切ありません。

 

ワインのコルク抜としては、使う機会が訪れる可能性はあります。

でも、もともとワインよりビール派だし、今はお酒を常飲することもなくなり、可能性は低くなるばかり。

それにそもそも、コルク栓のワインを家で飲まないようにすればいいだけの話です。

 

缶切りと栓抜を使う機会が万が一来たとしても、他の工具でどうにでもできそうな気もします。

木曜の燃えないゴミの日にあわせて、処分することに決められました。

 

 

モノを入れないという点さえ注意しておけば、盛り上がったり停滞したりはあっても、断捨離はリバウンドするようなことはありません。

こつこつ持ち物を見直して、シンプルライフを楽しみましょう。

 

 

 

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